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#7,8 ROMA-WIEN-NARITA

centree | 2006 年 12 月 19 日

#1 ROMA-WIEN-NARITA

楽しかった旅行も終わり、もう日本へ帰らなければならないのかと思うとちょっとさみしいですが、でも仕方ありません。飛ぶような一週間でした。今日は朝早くホテルを出て、ローマ郊外、海沿いの地域にあるフィウミチーノ(ローマ国際空港)から乗り継ぎ地点のウィーンへ向かいます。バスの中では、昨日夜行われたセリエAの試合を観にいった人の話で盛り上がり(一部の人)デジカメで動画を撮っているのを見せてもらったりして満足×2これもツアーならではの楽しみかたかなと思いました。最近厳しくなった荷物の重さ制限にひっかかるかな、引っかかったら、手荷物として簡単に出せるように入れ方を工夫していたのですが、団体客なのでめんどくさかったのか、係員は重さの”お”の字も気にせずどんどんチェックイン。こんなときもあるものなのですね。

あっという間にウィーンにつき、ここの空港は結構きれいで長くいたいところですが、また乗り継ぎ時間が短くそそくさと東京行きの飛行機に。ここまでくると日本人も増えてきて(SAJのジャケット着てる人がいた!強化合宿かな?)機内では日本語新聞(衛星版、って書いてあった)が配られ、たしか昨日のNHKニュースも放送され、懐かしさとともになんとなく安堵感を感じました。地球の自転とは逆方向に帰ってゆくので飛行時間は12時間ですが、日付は現地月曜日昼出発-日本には火曜日の朝到着になってしまいます。損した気分ですが、行きのときに大分得をしているので+-ゼロです。日本へ戻ってくるときに、すばらしい朝焼けに遭遇しました。カメラのもっと性能がよければなぁ…

機内食に寿司を発見。いよいよ日本です。ロシア上空から、北朝鮮領域内を避けて、日本海を超え、上越か長野ぐらいをかすめて東京へ戻ってくると思うのですが、ずいぶんと高度をさげた機内からは、雪化粧をした山たちも確認できました。帰った後に分かったことですが、どうやらここ1週間は日本には寒波が到来、そうとう寒かったらしい。イタリアから成田に帰ってきてひとこと、「寒い!」と2人で声を合わせました。
ツアーの皆さんと記念写真でもあるかと思いましたが、そこは皆さんそれぞれ目的と予定がおありで、三々五々に解散、個別に一言あいさつして別れました。ただし、一番激しく動き回っていた中国籍のOさんや若い2人組の女の子は途中まで帰り先が一緒で、そこでお別れとなりました。
東京の姉の家に帰ってきて、とりあえずラーメンを食べに外出。そのあとは近くのお店をうろうろする元気もなく、昼から熟睡…。そのあと2週間ほど軽い時差ぼけに悩まされ、大丈夫かなと心配しましたが大丈夫でした。

しかし海外旅行は楽しい…また行きたいものです。

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#6 ROMA (ローマ)

centree | 2006 年 12 月 17 日

↓5日目ローマを観ておられない方は先にこちらをどうぞ)↓
#5 ROMA (5日目 ローマ)
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#6 ROMA (6日目 ローマ)

楽しい時間は飛ぶように過ぎ、早くも旅程最終日です。この日は一日フリー行動。朝9時から夜9時までローマをグルグルと回ることができます。残念なのが欧米諸国では一緒かもしれませんが、日曜日ほとんどの商店がお休みになってしまうということ。もちろん飲食店はこの限りではありませんが、旅行の楽しみのひとつはショッピング(…ウィンドウショッピング?)ですからこれは少しイタイのですがまあ、我慢しましょう。朝食は3種類のクロワッサンが出ました。全部食べました。腹ごしらえをしたら出発です。

昨日夜に降った雨も上がり、曇天ながら傘はいらない天気。予定時間より早くテルミニ駅に到着、ツアーの皆さんと別れて自由行動です。
自販機でチケットを買って、駅に入ったのですが向きが反対で…しかも反対側のホームへの連絡通路が見つからない…仕方なく出たら再入場できず、チケットがパアに…。しかも自販機は高額紙幣を受け付けてくれず、地上に上がってタバッキで今度は地下鉄・バスの一日フリーパス券を購入。あやうく1回券を買わされそうになったけど。こういうあたふたしているときにはなかなか外国ではコミュニケーションが取りづらいです。

コロッセオ前の駅で降りて、カラカラ浴場まで徒歩。入ろうと思ったけど雰囲気と入場料のバランスがあまりよくなかったので入場せず写真だけ撮って帰りました。朝早かったせいなのか、少し中心街から離れているせいなのか人気(ひとけ)が少なく、寂しい感じ。しかし、よくこんな大きい建物が昔、建っていたもんだと感心。いわゆるスーパー銭湯でしょ?日本でもこの規模のものは、あまり見かけません…。

コロッセオは午後に回るとして(この判断が後悔を生む。後述)”真実の口”のあるサンタ・マリア・イン・コスメディン教会方面へ。2人がイタリアに旅行を決めたきっかけのひとつには、「ローマの休日」で描かれる美しいローマの街並みへの憧れもあり(実際にいってみたらそれほど”清潔”=美しい?ではないけれど)やはりロケ地は見ておかなければと、ついついミーハーな行程を立ててしまいました。写真はその途中に通った「チルコ・マッシモ」。昔の競技場で、「ベン・ハー」の競技場のモデルになっているとか。最盛時15万人収容可能だったというこの遺跡はいまではただの広場になっています。古いレンガとかが普通に放置されていて、歴史を感じます。

といっているうちに、「真実の口」のある場所に到着。やはり映画を見た人が来るのか、地元イタリアの人よりも、他の地域から来た人が多そう。でもイタリア人の団体がいて、団体ひとかたまりで写真が撮りたいらしくどんどん順番を抜かしていた…韓国人、中国人、そして日本人も並んでましたね。現物の「真実の口」は、映画製作から50年たった今は少し目の部分あたりが使い痛んでいました(使っているわけではないですが)。あと50年後にはどうなっているんだろう。

ローマ時代の遺跡が多々残る、無料の公園「フォロ・ロマーノ」。ここでは普通に西暦1ケタ代の世紀に作られた建物の遺跡がゴロゴロしています。ちょっと高いところに上ってみると、ローマの街が丘の上に形成されているのがわかります。ひとつひとつガイドブックと照らし合わせていたら、予定外に時間を食ってしまいました。

フォロ・ロマーノのコロッセオ側入り口にある、ティトゥスの凱旋門。おーあの、うわさのね! (何が?)大きさは、コンスタンティヌスの凱旋門の方が大きいのですが、古さとしてはティトゥスのものが一番古いそうです。なんせ西暦80年建造ですからね! 一部修復されているものの、やはり歴史を感じさせます。…余談ですがここの石畳の上にデジカメを落とし、ちょっと変形してしまいました(T0T) しかし我が家では”あの有名なティトゥスの凱旋門の下でついた傷”として、この傷、大切にされています。

その後いろいろ用事を済ませていたらコロッセオに着いたのが4時前。当然入れるものと思っていたら、実はコロッセオ、入場時間は日没1時間前までなんですね。この日のコロッセオが設定した日没時間は4時半。ということで3時半までしか入場できなかったんです! うー残念…すごい残念…。日没が4時半ってどうゆうこと?まあ一年のうちで一番冬至に近い時期でしたからしようがないんですが…。しかたなく外から写真をとってコロッセオを後に。

休日はバスのダイヤも乱れがち、しかもコロッセオ前のバス停は日曜日だけ車両通行止めで待てども待てどもバスは来ず、ここでも30分ぐらい足止めをくらいまして、ようやっと1時間くらいあとに「パンテオン」に到着。西暦前27年にアグリッパが建立、西暦120年にハドリアヌスによって再建という古い神殿風の建物。街のあちらこちらに古い時代の柱は残っているのですが、建物として残っているのはここぐらいだそうです。中は見事なアーチ型のドームになっていて、てっぺんには採光窓があります。実はいまはここは教会になっています。教会らしくない建物ですが(笑)

そのまま徒歩でナヴォーナ広場→サンタンジェロ城へ。ライトアップがきれいです。橋の上からヴァチカン方面にカメラを向けました。うーむきれい。えーとこの川は…テヴェレ川、ですね。川岸は少し幅があって歩けるようになっていますが、夜は怖いね~なんとなく。このサンタンジェロ橋自体も意匠が凝っていますが、ベルニーニの設計だとか。あれ、ベルニーニてだれだっけ。

実は昨日も来ていたのですが、スペイン広場にもう一度(夕食を食べるとこを探していたが、なんとなくパス)。ここはさすがに夜でも人が多い。いろんな国の人が思い思いに階段に座っています。油断しているとミサンガを巻きつけてお金を要求するあくどい商人がいるので注意。ちなみにボクのときは「ナカタ、ナカム~ラ」「トウキョウ? フクオカ?トモダチ、フクオ~カ」でした。皆さんも気をつけて。

地下鉄で2駅、テルミニ駅に到着。さすがに疲れ果てました。ツアーの中には、夜のセリエAのサッカーの試合を観にいっている人もいましたが、タフですねぇ…。
ちなみに、ローマではほとんど食べ物を食べませんでした。いったい何に時間を使ったんだろう?機会があればもう一度ローマをじっくりみてみたいものです。

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#5 ROMA (ローマ)

centree | 2006 年 12 月 16 日

#5 ROMA (5日目 ローマ)

アッシジをあとにして、2~3時間ぐらい走りましたかね…。高速を降りてからは「ローマかな?もう、ローマかな?」と一生懸命、市街と郊外の境を探していたのですが、地図をみてもいったい自分たちがどこを走っているのかさっぱり分からず(ローマの郊外の高速道路は環状線なんです…東→西とか北→南だったら分かりやすいのに…)なんやかんや分からぬまま古い城壁跡をくぐり「おーっ、ロ、ローマか??」と言っていたらあっという間にローマ中心街に着きました。そして、バルベリーニ広場近くのレストランで食事。地元学生の団体客が昼間からパーティーをしていて、しかも自分たちの予定は押していて、デザートがアイスクリームだったのにフルーツポンチに差し替えられました。押しの弱い添乗員のYさんですがこのときばかりは店員に「早く料理を…」と急かしたらしいのですが、最終的には「ウルサイ!」という顔をされて厨房から締め出されたそうです。恐るべし、イタリア。
ちなみに、レストランと言いましたが、ここのお店の表記は「TAVERNA」、「食べるな」と読めますが(笑)意味は小さな食堂、居酒屋という意味です。最初は店の名前かと思いましたが、町を歩いているとときどきこの表記を見かけるのです。ガイドブックには、リストランテ、トラットリア、ピッツェリア、バールなんていう食べ物やさんの名前が出ていたのですが、TAVERNAも覚えておかなければ。

日本人のSさんというチャキチャキの通訳さん、親切なマダムといった感じのイタリア人ガイドさんと合流。Sさんは夜の予定が詰まっていたらしく、「皆さ~ん、急いでくださ~い」と常に急ぎモード。ローマ市街は意外と狭く、食堂からトレヴィの泉までは徒歩で移動。お金をすられないようにとさんざん言われていてたので、楽しむどころか超緊迫モードでした。まあでも写真を撮っておかなければと泉に近づくと手振りで「お二人で撮ってあげましょうか?」と子連れの外国人(イタリア人?)」。警戒態勢の私は「ノー!」と言って断りました(イタリアには、子連れのスリが存在する)」が、数分後、ご主人らしき人が登場。どうやら彼らも旅行のよう。奥さん、疑って悪かったよ…(T_T)

ツアーの行程に沿ってヴァチカンへ。ガイドさんが「ここからヴァチカンですよ~」と言ってくれましたが、ほんと国をまたぐって感じはしません。でもヴァチカンって「市国」なんですよね。少し天気が悪いのが残念でしたが、サン・ピエトロ広場の広さ、建物の荘厳さはやはりすごいもんです。ローマの古い建物には、たいてい入り口の上に文字が刻まれているのですが、これがなかなかデザインされてます感のある書体。書体マニアの私にとってはたまりません。確かこの書体は…えー、ローマン書体、ローマン… ん? ROMAN? あぁそうか、ローマで使われていた書体だから、ローマンね。目からウロコの新発見でした。…かなり初歩的ですが。ローマン書体(日本でいうと、明朝体、見たいな感じ?)が好きな方、ローマに行くといいですよ(笑)

さて、夜もすっかり更けてきまして、まだ夕方5時半くらいですが、共和国広場に停車、ローマ三越に寄りました。しかし、日本で言う「三越」を期待してゆくと、小さいです。はい。2フロアしかありません。あと、ブランド物に興味がないので、どう安いのかも分かりません。さっさと三越をでて、近くの商店街に。地元の洋服屋を出たり入ったりして、最終的には靴屋さんに。イタリア、リラ時代に比べるとそうでもないらしいですが、やはり革製品は少し安いと思われます。日本では安い靴は人工皮のことがおおいですが、私たちがみた限りは、割とリーズナブルな靴でも皮でした(一応匂って触ってみました)。ということで妻のブーツをゲット。日本では靴のサイズの関係でブーツを選びにくいそうですが、わりとかわいらしいブーツがまずまずの値段で手に入りました。現在妻はこのブラックのブーツをよくはいています☆
※ちなみにボクがフィレンツェの露天で買った革靴は30ユーロでした(39ユーロだったのに「オニイサンニダケ、30!」と微笑まれ買ってしまう。衝動買いでしたが日本に帰って改めてみて「いや~いい茶色だ」と再び感激。時には衝動買いもいいもんです。)

格安旅行の宿命は、ホテルが郊外であると言うこと。この日も市街から30分ほど走ったところにある「ARIS GARDEN」というホテルでした。ロビーや部屋の装飾がなかなか派手で、メルヘンチックな感じでした。しかしこのホテルちと古いのか、カード式でもオートロック式でもありません。重厚なつくりの鍵を渡されて各々部屋のドアに立って鍵を射したのですが…

「ガチャガチャガチャ」…ん?開かない…
それも一人や2人じゃないんです。「えっ、お宅も開かないの?」とか言って後からついたツアー仲間も「ガチャガチャガチャ…アレ?」結局最悪時5組くらいの日本人が廊下でガチャGチャやってる滑稽な風景に。
しかし、なにかコツがあったらしく(鍵を差したままノブを右に回し鍵を回す、みたいな)最終的にはみんな入れました。

この日は夕食がついていなかったので近くのスーパーに買出しに。閉店8時の店に7時55分に入ったらイタリア語で「閉店時間ワカッテマスカ?」みたいなこと言われ焦って買いました。出るときは自動ドアも手動ドアになってました…以前も書きましたが、閉店時間に厳しいイタリア人です。
気を取り直して道路の反対側のスイーツ屋さんへ。観光地だとだいたい日本人には英語で話しかけてくれるのですが、ここは郊外なのでほとんどイタリア語で話しかけれられました。さすがに戸惑いましたが、なんとかかんとか乗り切りました。最後に「パンナ?」って聞かれてえーとパンナはなんだったっけーと戸惑っていたら妻がGoサインを出すので「OKOK」といったら生クリームを最後にドガンとかけてくれました。さすがアイスクリーム&生クリーム好きの妻、生クリームの名前は外国語でも理解できます。一本とられました(笑)このボリュームで2.5ユーロ。中心街では考えられない、リーズナブルなお値段です。寒いのそっちのけで帰るまでに完食しました。

明日はローマ一日自由行動です。

↓6日目ローマに続きます)↓
#6 ROMA (6日目 ローマ)
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#5 ASISI (アッシジ)

centree |

#5 ASISI (5日目 アッシジ)

5日目はフィレンツェ近郊のホテルをあとにし、いよいよローマに向かって進んでゆきます。丘と平野(遠くには雪を冠った山を見ましたが)が続く風景が、ローマ方向へ向くと少し変わってきて、山っぽいものも見えてくるようになります。ローマへ行く前に、アッシジという町に立ち寄ります。フレンツェを出て約2時間30分くらいで着いたでしょうか、ここも関所があり、通行税(駐車場料?)を払わなければなりません。払うとステッカーがもらえるので、ステッカーをバスのフロントガラスのところに置いておきます。

アッシジの中心市街地は丘の上にあります。くねくねとした山道の両脇には、オリーブ園が。おぉ~オリーブ「園」は初めて見たような気がする!多分移動の道中にはあったんでしょうけど、山道ということで車の速度がゆっくりになり、じっくりみることができます。あたり一面には霧が立ち込めていて、この時期はすっきり晴れて丘の上から風景を見渡すことはおろか、数メートル先であっても見えないことが多いとか。欧州車にはよく、赤色のフォグランプが後ろについていますが、それが必要なわけが分かります。
山を登っていくと思いのほか霧が晴れて辺りが見回せました。ここの町で一番有名なのが、聖サンフランチェスコ教会。この日はクリスマスコンサートの合唱の練習日とあって、通常より多くの人出でした。

教会近くをぶらぶら散策。そうすると、どこの家も几帳面にレンガを積み上げて家を建てています。この写真の建物、建て増ししたのか、一棟壊したのか、昔の屋根らしきラインが見えますが、なんともきれいに仕上がっています。空の青さとあいまって、見事です。

あとで調べて分かったのですが、この町全体を彩っているばら色のレンガ、この町で掘り出されるレンガだそうです。写真だと色合いがなかなか表現しにくいのですが、本当に見事です。丘に町が作られているため、階段も多いのですが、ばら色のレンガで敷き詰められた階段路地、これも見事です。まるで別世界に来たよう。このあたりはただの民家なので、観光客の姿もなく、非常に静かです。下っていって果たしてどこにでるのか不安でしたが、ちょうどバス乗り場の近くに下りることができました。

アッシジ滞在時間は約1時間。これからローマに向かいます。

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#4 FIRENZE (フィレンツェ)

centree | 2006 年 12 月 15 日

#4 FIRENZE (4日目 フィレンツェ)

4日目の朝も快晴です! ホテルの玄関から見る朝焼けを見ると泣けます(??)美味しい朝食をいただいた後、ついにフィレンツェに出発です!
さて、ここで我々のツアーの添乗員、Yさんに触れておきましょう。今回のツアーは出発前1週間以内に添乗員から確認の電話が入ることになっていたんですけど、旅行の3日前のことです。電話が突然鳴り(電話はいつでも突然鳴りますが)
「ぁのぉ、×××のツアーをたんとぅさせてぃただきます、Yともぅしますが…」
(んっ???ちょっとなまってる?でも何なまりか分からない…)というなんともマイペースな話しっぷりで、添乗員というのは話も行動もテキパキ、ハキハキだと思っていた私にとっては衝撃でしたが、旅行が始まってみればこのマイペースぶりが結構ツボにはまり、今回のツアーの中で忘れられないキャラの一人になりました。
このYさんの、バスに乗り込んだしょっぱなの朝のお決まりの言葉はだいたい次のとおり。
「はぃ、皆さん、朝早い出発でしたが、はぁ、ポーターもまだお越しになって、じゃなくて、来てなかったので、皆さんに荷物を運んでぃただき、大変、お疲れ様でした。とぃうことで、はい、皆さん、おはようござぃます。ボンジョルノォ~。(…どこであいさつを挟んでくるのか予想不可能なため、反応薄し)…はぃ、皆さん、反応が、薄いようですけど、まぁ、ぜんぜん、問題、ありません。今日は、はぁ、フィレンツェに向かいます…」
とまぁ、書き下してみれば、人によっては「けしからん言葉遣いだな~!」と思われるかもしれませんが、これが独特のなまり+天性のマイペースの動きと相まって、なんともほんわかした気持ちになるのです。ホントです。うそだと思うなら、一緒に旅行してみてください。Yさんの名前、お教えします。(笑)

さて、だいたいホテルから約45分でフィレンツェの町の入り口、ミケランジェロ広場に到着。といっても、ダヴィデ像のレプリカがあるだけで、どちらかというと観光バスの駐車場兼展望広場といった感じです。ここからフィレンツェの町が一望できます。おぉ~言葉を失いました、これが、あの、フィレンツェという町か~!!確かに町中が茶色に覆われています。進化するのを忘れた町、なんて言われ方もされていたような気がしますが、この町はこの景観が守られているからこそ価値がありますねぇ。写真で見たら「ふーん」という感じかもしれませんが、肉眼で見るパノラマはなかなかのものでした。

フィレンツェも観光バスの乗り入れが厳しく制限されている(細い路地も多い)ので、アルノ川沿いの道でバスを降り、川沿いを歩くことに。団体ツアーはタームスケジュールが分刻みなので、すごい建物だ~と思いながら国立図書館を目でやり過ごし、先へ、先へ。左側にチラッとヴェッキオ橋が見えましたが、そこで右折。ここに、コの字型の建物が現れます。ウフィッツィ美術館、おそらくフィレンツェで一番大きな美術館でしょう。「ウフィッツィ」というのは、英語でで「オフィス」の意。昔ここが役場だったとかで、この名前がついたそうです。ここの美術館所蔵の代表作はボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」、ダ・ヴィンチの「受胎告知」、ラファエロの「ヒワの聖母」などなどですが、ルネッサンス絵画を多く集めている美術館だそうです。日本人ガイドの案内で約2時間見て回りましたが、ぜんぜん足りません、時間が。いろんな絵が見たくて、ガイドの話を耳で聞きながら、ほかの絵を見て時間を稼ぎました。絵はやっぱりすごかった!よくこんな昔にこんな色が出せたなぁ~とか、平面的な絵ばっかりの時代から立体的な絵の描き方を編み出した人すごい!とか、なんか、画家が「人生かけて描いてます」みたいな絵が多かったですね、あくまでも私のフィーリングですけど。廊下部分にもいろいろな彫像が飾ってあるですが、こちらももっとじっくり見たかった!

こちらがフィレンツェのドゥオーモ、正式名は「サンタ・マリア・デル・フィオーレ」らしいですが、これまたほかの都市のドゥオーモとは雰囲気が違います。13世紀後半の設計、15世紀初頭に完成のこの建物はゴシック・初期ルネッサンス様式が混ざっているらしいですが、白い大理石を中心に装飾を施した壁、と、なんと言っても八角形のクーポラが美しいです。調べてみると4~5世紀にはここに初代の大聖堂が建っていたらしく、現在のものが3代目の大聖堂とか。デザインが採用されるまでに何人かの建築家を集めてコンペが開催され、一番よいものが選ばれたそうです。現在の公共事業となんら変わりがないんだなぁ~と思いました。

午後からは自由時間だったのでクーポラに登ることにしました。ここはエレベーターがありませんので自分の足で462段の階段を登ります。映画の撮影でも使われたので日本人の観光客も多く、ホントはいけないんですが登り口、降り口ともに落書きがたくさんあります!階段が細く、クーポラははるか地上より上なため、落書きの取り締まりもできない状態です。ホントこの落書き、なんとかならないかなぁ…

ドゥオーモはだいたい町の中心に作られているので、このクーポラから見るパノラマは絶景です! 一部工事中のため、雰囲気が損なわれているところもありましたが、それでも景色を楽しむことができました。本当に屋根が茶色です。中心街はユネスコ世界遺産に登録されていますから、近代的な建物は建てられないでしょうが、それ以前に数百年もこの町の風景が守られてきたということは、規制がなくても町の景観を守ろうという、人たちの意識が違うんでしょうかね。

シンヨーリア広場に面する、ヴェッキオ宮殿。14世紀に建築、16世紀に改築。ここも現在では役場として使われています。イタリアの都市では普通なことみたいですが、やはり歴史的建物が役場になってるってすごいですよね!ちょっと話が飛躍しますが、姫路城が姫路市役所、みたいなもんですよ? フィレンツェは町自体が屋根のない美術館といわれているほどらしいのですが、ここの広場にも、さらっと16世紀の貴重な青銅の銅像とか飾られていたりして、ガイドさんが「これ一体あったら日本で美術館が建ちます」と言っていました。恐るべし、フィレンツェ。

ヴェッキオ橋からの眺め。このヴェッキオ橋の上には、橋の上から生ごみを川に投げ込んで捨てられることから、肉屋さんなど生ものを扱う商店がひしめき合っていたらしい。しかし、あるとき政府が川の向こう岸に別荘を作り、そこへ移動するためにヴェッキオ橋の上にプライベートの回廊を作ったのですが、お店からの臭いに耐えられず、肉屋さんたちを強制的に移住させて、臭いの出ない宝石屋を集めたそうです。ガイドさんによれば「女の天国、男の地獄」だそうです。写真は橋の西側から撮った写真ですが、どこの夜景を切り取っても、うっとりです。

ほかにも歴史的な建物や美術館がたくさんあるので、半日の自由行動ではぜんぜん、足りません。時間さえあれば個人旅行でふらっと1週間ぐらい行きたいところですが、まあ、なかなか無理でしょうなぁ…
。

明日はアッシジ、そしてローマへ向かいます。

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